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【TOPに聴くVol.2/後編】技術、経営者感覚、縁の結び方…。
全ては「知的好奇心」から!

日本パルス工業株式会社
 取締役 統括本部長
 小柳出 文峻(おやいで ふみたか)氏


★前編は、4月28日付けでアップ

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<写真:パルストランス>

トランス世界に大いなる未来を描く

年上の新入社員を警戒してか、最初の1年くらい、聞きまくる小柳出になかなか情報は与えてもらえなかった。だが、そんなことでめげるほど『やわ』ではない。 ほどなく、トランスが想像していた以上に面白い世界であることに気付く。


トランスは、電磁気学として既に100年前に学問としては出来上がっていた
ところが小柳出(おやいで)に言わせれば、10年くらいの変化が劇的なのである。
原理原則は同じでも、使う材料、構造、評価の仕方など、全てが様変わりしている。
また、そのことに気付き、極めようとしている人間はごく限られている。
ワクワクする世界だと思った。


今まで自分がやってきたことが、全て活かせる!
こうしたら面白いのに、と、アイデアが湧き立ってくるようになる。
材料知識など、社内的に不足していたものも徐々に注入し、一緒に学んでいった。


一方、お父さん=技術部長として入社したわけだから、組織作りも課題であった。
互いを信頼できる組織にしたい、という想いは強かったし、改革にも着手する。
だが、これがなかなか難しい。
この人は組織のために辞めてもらった方がいい、と上司に進言したこともあったし、小柳出への反発から、優秀で若い技術者が辞めるということもあった。
悩ましいところではあるが、
「人間関係は考えてもしょうがない、結果を出せばなんとかなる」
と、うじうじする小柳出ではなかった。


それよりも、技術の問題が常に頭の中に渦巻いていた。
夢の中で解決したこともある。
会社の損失になるような失敗も幾度となく重ねた。
それでも幸運だったのは、相手先に大企業が多かったこと。
日パルの取り引き先には、名だたる企業がひしめいていた。
彼らには、失敗をチャンスに転換させる懐の深さがあった。
トランス初心者の小柳出も、経験を重ねるうちに次第に自信をつけていく。


そうやって大手企業のリーダークラスの技術者と交流するようになって、あることに気付く。
日パルの製品は、信頼性を要求される部分に使われているということもあるのだが、彼らは二言目には「信頼性」と口にする。
一方で、それを評価する基準や方法は、まだまだ定まっていなかった。


そんな時、小柳出は自社で『部分放電試験機』を発見する。
ひらめくものがあった。部分放電(※1)を設計に組み込んで評価できないかと思いつく。
これがうまくいけば、
「信頼性を20年、30年確保できるトランスですよ」という売り方ができる!
平成2年頃のことである。


事あるごとに、
「設計の基準として部分放電を取り入れてはどうか」と言っていたものの、そう簡単に事は運ばない。
だが、持ち前の「知りたがり」が思わぬ縁に結び付いていく。


部分放電に興味を抱いた小柳出は、例によって『調査』に乗り出す。
自社にあった『部分放電試験機』のメーカーに問い合わせ、資料を提供してもらった上、設計者に2日間も講義してもらうなど、知識を蓄積していった。
3、4年前のことである。その設計者から電話をもらった。
65歳まで勤められるはずだったのが、60歳で退職することになりそうだ。ついては、どこか世話してもらえないだろうか、と言うのである。


ちょうど、部分放電についてビジネス的な確立を図ろうとしていたところであったから、
「ウチに来る?」ということになった。
もちろん渡りに船ではあったのだが、「世の中に、この人の技術は絶対役に立つ。ここ断ち切ってはいけない」という想いに駆られもした。


また、現在、その技術力は大いに役立っている。
ある仕事で問題が生じた際、その担当者が部分放電を研究していることがわかり、営業と同行してもらった。
ぜひ講義を!と請われ、結局、相手はすっかり信頼してくれトラブルを回避できた。
専門家の偉大さには恐れ入る。


こうして大助っ人も得て、ビジネス的にも自信を持てるようになった頃、世の中で部分放電による評価が認知され始める。
また、欧州では電子部品の安全規格として部分放電試験が取り入れられており(※2)、これも追い風になった。
高周波用の部分放電測定器は未だないから、現在、これを画策している。
果てさて、小柳出の「先見の明」は吉と出るのだろうか…。


日本パルス工業の生き筋はコレだ!


『父親として』と請われたとはいえ、小柳出の主業務としては、技術力アップに貢献していれば良かったはずであった。
ところが、日パルをスタートさせ、小柳出に声を掛けてくれた専務が2003年に他界する。
相棒でもあり、後ろ盾でもあった人が亡くなって、さすがに当初は「どうしようか」と思った。
日パルの社長は、兄会社である『ジェーピーシー』の経営を主業務としており、実質的には専務が経営を取り仕切っていたのである。


だが、立ち止まるわけにはいかない。
割り切れる性格が幸いした。
「自分が楽しんでいるわけにはいかなくなった。全体感にモノをみて、みんなを引っ張っていかねば!」
そこから、猛烈に取り引き先を回るようになる。
これが、日パルの『差別化力の本質』を気付かせることにつながっていく。


小柳出が入社した頃までは、トランスについて取り引き先の技術者がみんなわかっていて、設計も先方。それを図面通りに造ることがメインの仕事であった。
ところが次第に、
「こういうところに使いたいんだけど、トランス、なんか考えてよ」
という話になっていく。
そうなると、周辺の回路まで含めた上で設計する必要がでてくる。
何かトラブルがあっても出向いていき、技術者と意見交換してやっと原因が発見できる、というのが現状なのである。
技術が専門特化された結果、全体を見通す力や周辺技術が企業から失われつつあるのだ。


技術者時代から気付いていたことではあったが、経営者に近い立場からとらえなおすと、それは光明と映った。
現場を知り問題解決を重ねていくうちに、それは信念へと変わった。
『トランスがわかる人がいないから、どこかに頼らざるを得ない。
聞いてくれるところは日本パルス工業しかない。生き筋はココにあるのだ!』


専門特化した技術力と、お客様の問題を探り当て解決していくソリューション力。
この2つの力が、これからの日パルを支えることになる。


技術は継承できる。
だが、小柳出の「問題解決力」を教えることはできない。
取り引き先の担当者と『意気投合』し、技術論を交わして『コイツとなら!』と相手に思わしめる、そんな仕事のやり方。
小柳出の全人生から生み出されたパーソナルな方法。
それは正解でもないし、伝えるものではない。
体験し、失敗し、悩み苦しむからこそ、力にできる類のものである。
盗み取って欲しいのだ。小柳出がそうしてきたように。
彼らは彼らで、自分なりのパターンを創り出せるだろうと期待もしている。


小柳出にポリシーはと問うと、
■正直
■誠実
■人の話をよく聴く
■目的を明確にさせる
という答えが返ってきた。


そう自分を律してある仕事を終えた時、お客様にこう聞かれた。
「ここまでやってくれたけど、次の開発やる時も、日本パルスは付き合ってくれるのか?」
「もちろん!」と答えると、
相手はすごく喜んでくれたんだ、と小柳出はうれしそうに話す。


「そういうのがこっちにとっての喜びの活力なんだ。それが生きがいなんだ。
人に言ってもわかんないかもしれない。私だけが感じてるのかも。
でもそれは、それぞれが、次の世代の人なりに努力していってもらわないとね」


『次の世代』などと言いつつ、これまで手控えていた『新しい事業』にもアドレナリンを沸騰させている、まだまだ意気盛んな小柳出なのである。


※1/部分放電とは
電気機器の絶縁体の微小な空隙状欠陥に発生する、微弱な放電が部分放電。
絶縁体の劣化の原因ともなる。部分放電に伴う微弱なパルス信号を測定することにより、欠陥部分の特定が可能となる。


※2/欧州規格とは
欧州規格EN50178:欧州では電子部品の安全規格として、部分放電試験が要求されている

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<写真:社内風景>

2008年05月12(月)